茶の湯 chanoyu

ガラスの茶室

先日、前から一度見てみたいなあと思っていた、

ガラスの茶室 http://www.shorenin.com/topic/index.php?catid=2  

に行ってきました。

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・ このガラスの茶室は、風炉、釜や水指が飾ってなくても茶室に見えるだろうか? 

・ 今、“茶室”と言われているものは、茶道具が飾ってなくても茶室として存在しているわけだが、何がそうさせているのだろう?

これが、私の第一印象です。

今年の4月から1年間くらい、この場所に展示されているようですが、

・ ひと月ごとに茶室の飾りつけを替えてもいいのでは?

・ 例えば、大学の茶道部などに順繰りで協力してもらって、観光客にお茶を一服お出ししてもいいのでは? お茶とお菓子で500円とか・・・。茶室の周囲にベンチがあるし、観光客も多いし。

というようなことを感じました。

今のような形で置いておくだけではもったい気がします。

New style matcha?

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このお茶の続きです。

以下は、このお茶の特徴と、お客様方のご感想、私が感じたこと、です。

① お湯の量、器は、玉露や煎茶に近い

      ↓

・抹茶のお茶碗は大きいので、量が多すぎるなあ・・と思うこともあったが、これは、ちょうどいい量だとおっしゃっていました。 

・初めて飲む人(残される方もある)、抹茶がちょっと苦手な人にも、飲みやすい量だと思います。

② 味は、薄茶よりは濃い味だけれども、濃茶ほどはどろどろではない。

      ↓

・薄茶より味が濃いので、お茶の味がよくわかる、というご意見が多かったです。

・濃茶は苦手、という方もこれなら大丈夫なようです。 ちょっと濃い目でも、量が少ないので、飲みにくいことはないようです。

③ 一碗で点てたものをみんなで分ける、という点では、濃茶と同じだが、一つの器で回し飲みするのではなく、一人一人別々の茶碗で飲む

      ↓

一碗をみんなで回し飲みするのは、抵抗がある。とおっしゃっている方もあります。一人一碗というのは、衛生面等を考えても、悪くないように思います。

④ 1人ずつ順番に飲むのではなく、全員(4,5人)が一緒に飲むという点においては、煎茶や玉露と同じである

     ↓

・一人ずつ飲むのは、注目されているようで、緊張する、という方もあります。全員一緒に飲むとそういうこともないので、リラックスできるとおっしゃっていました。

・亭主の側からすると、薄茶を一碗ずつ点てる場合は、次から次へと点てつづけないといけないので、なかなかお客様とお話しをすることが難しいですが、一度に全員のお茶が点てられると、お客様が飲んでいらっしゃる間に、ご説明したり、ご質問にお答えしたり・・と、いろいろとお話しができるので、とてもよかったです。

まだ書き足りないこともあるように思いますが、続きは、“ま・た・あ・し・た”!?

第108回葩会   The 108th Hanabirakai

昨日は、第108回葩会でした。

Yesterday was the 108th hanabirakai.

いろんな意味で、without limitation, the extension of limitation の方向に向かっているような気がします・・。

抹茶 ヌーヴォー “口切”  matcha nouveau (kuchikiri)

Cimg92913_4茶壷に入った茶葉(抹茶)と、ボジョレーヌーボーのワイン。

この2つは、しばらく寝かせて置く。今頃(11月)に封を切る、飲み始める。という点が同じですよね。でも、抹茶に関しては今はそういうことをしていません。

これを復活してみるというのはいかがでしょう? 業界全体としてです。

The left side is a tea urn and the right side is Beaujolais nouveau.

Those two have a common point. They are aged for a while and are begun to drink from November.

But concerning about matcha,  that tradion is now completely outdated.  I HOPE  that custom will revive as an event.

将来的な展望に立って見てみると、茶道人口が減ってきている今、製菓用抹茶は別として、飲み物としての抹茶の需要はこれから右肩上がりで増えていく。かどうかはわからないと思います。

ボジョレーヌーボーと同じように、ある時季までは寝かせて置いて、一斉に売り出す。というやり方は、話題性に富んでいますし、日本だけでなく、世界中にアピールできるように思います。

ボジョレーヌーボーの習慣がいつから始まったのか、もともと古い起源があるのか等は知りませんが、抹茶の茶葉を寝かせて置く習慣は、400年以上の歴史があるわけです。十分にアピールできる要素はあると思います。

ただ、この場合、今のように、どういうお茶がブレンドされているのかわからない、古いお茶と新しいお茶を混ぜて売る。ということは難しくなると思います。今のようなスタイルの方が利益が上がるから、という考え方の方が強ければ、なかなか実現は難しいかもしれません。

また、消費者の方も、もともと抹茶は季節によって、味の変化を楽しむものだったのだから、一年中同じ味のお茶を求める、という考え方は、一度見直した方がいいように思います。お茶の1年は、なぜ、11月から始まるのか、風炉の濃茶では、なぜ、水を注すのか、なぜ、10月が名残と言われるのか・・。外側の形だけを踏襲するのではなくて、一度、本質的なところを見直してみた方がいいように思います。

仮に、世界中の人にアピールする場合は、今の茶会で行われているような点前をして、というのは不可能だと思いますので、別の簡単なやり方を考えなければなりません。イベントとして楽しめるものであり、世界中のどこでも楽しめるもの。こういう風にしなければ、広めていくのは難しいと思います。でも、茶の湯に属する、いろんな分野の人たちが知恵を出し合えば、実現不可能ではないと思います。

一度、考えてみていただけませんでしょうか?

吉野棚 Yoshino-dana version 6

吉野棚 Yoshino-dana  version 6 です。

吉野棚のいろいろな version を考え付いたことが、私のThe best idea  of the year かなあ・・と思います。

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秋のひとこま One autumn scene

一週間ほど前になりますが、床飾りです。

花をのみ探さん人に街中の木々からこぼれる秋を見せばや

です。

最近の私のテーマのひとつが、 “アレンジ”up です・・。

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第89回葩会 “和漢のさかいをまぎらかす”  The 89th Hanabirakai “wakannosakaiwomagirakasu”

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先日の茶会の床の間です。

これを見ていて、ふと、“和漢のさかいをまぎらかす” という言葉を思い出しました。これは、わび茶の祖と言われる、村田珠光(1423-1502)の言葉です。

私が長年抱えていた問題に、やっと答えが出ました。

今現在の茶の湯は、昔のままで、時代に合わないところがいろいろとあります。で、私は、どうしたら、今の時代に合った、今の時代に生きる茶の湯になるのだろう・・とずっと考えていました。新しいものを探そう探そう・・としていました。でも、そうすると、今まで積み重ねられてきたものを否定することになる、茶の湯ではなくて、全然違うものになってしまう可能性があります。よって、昔と今の間で揺れ動いていました。

で、この 、“和漢のさかいをまぎらかす” ですが、村田珠光(1423-1502)の時代で考えてみますと、“漢”は、中国から来た高価な舶来品、“和”は、国産の雑器のようなものに代表されると思います。今まで珍重されて来た“漢”と、今新しく見出された“和”の両方を茶会の中に使って、かつ、そのさかいをまぎらかす、両方をうまく調和させる、ということではないのかなあと思います。つまり、今までの線上にありながら、でも、今この時も入っている、今の時代に生き生きと生きたものになる。ということではないかなあ・・と思います。昔からのものでありながら、今のものでもある。ということになると思います。

これを現代に置き換えてみると、“漢”は、伝統・昔・積み重ねられてきたもの、“和”は、現代のもの・今・新しく生まれるもの、という風に言えるのではないかと思います。そのさかいをまぎらかす、うまく調和させる。すると、伝統的なものでありながら、〔LIVE〕 になるのではないかなあ・・と思います。

“和漢のさかいをまぎらかす”、“和漢のさかいをまぎらかす”・・・、 ということを繰り返すうちに、わび茶というものが確立されたわけですが、現代も、現代版の、“和漢のさかいをまぎらかす” ということを繰り返していると、何かが自然に確立されてくるのではないかなあと思います。

【歴史は繰り返す】 ですね。

今まで、この“和漢のさかいをまぎらかす” という言葉を、ふーんと、いう感じで軽く受け取っていましたが、今は、とても重く受け止めています。この言葉が出てくるまでには、長い道のりと葛藤があったのだろうなあ・・という風に思います。そんな簡単に出てくる言葉ではないと思います。村田珠光は、“和漢の間”でかなり長い間、揺れ動かれたのではないかなあ・・と思います。その結果、この言葉が出てきたのだと思います。

お茶のお稽古 practice of chanoyu

Img_4977_2 茶筌の話しが続きましたが、こちらへ、戻ります。                       

この中で、茶筌の他に、左端の白い袱紗(fukusa)と、手前の茶碗(tea bowl)が、【THE TEA CEREMONY】に含まれていたものです。

まず、袱紗ですが、なぜ、白なのだろうと思いました。流派によって違うのかもしれませんが、男性は紫、女性は赤系の色の袱紗を使うのが一般的な気がします。なぜ白なんだろう。???でした。そして、もしかして、適当に白いきれを入れたのかな・・と、思っていました。

が、先日、あっ、と気付きました。そうだ、献茶式だぁと。献茶式の時は、白い袱紗を使われますよね。もしかして、この、【THE TEA CEREMONY】を作られた方は、献茶式をご覧になったのかなあ・・と思いました。

改めて考えてみると、男性は紫、女性は赤系って、なんで?って、気がしますよね。この、【THE TEA CEREMONY】は、男女で袱紗の色分けなんかされていませんが、今時は、男女の差別がない方が普通かもしれませんね。

で、次にお茶碗ですが、“a traditional tea bowl” と書いてあったので、一体、どこが、traditionalなん?と、思っていたのですが、

Img_5077_2こちらと、形が似ています。

つまり、天目茶碗の形が、“a traditional tea bowl” ということなのかなあ・・と思いました。初期の頃に、中国から伝わってきた、古い形のお茶碗。ということで、a traditional tea bowl、なのかなあ・・と思います。

このfukusaやa traditional tea bowlから考えると、【THE TEA CEREMONY】は、献茶式を参考にされたのかも、という気もします。献茶式では、この天目茶碗を使われますもんね。

今回、この白い袱紗(fukusa)を使いたかったので、「久しぶりに、袱紗捌きだぁー」と、はりきっていたのですが、セレクトした茶器の都合で、袱紗捌きは出来ませんでした。

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こちらです。

左は、本来は、シュガーボックス、右は、レモンティ用のレモン入れかな?

The left is a sugar container and the right is a tray of sliced lemon for black tea. But I had used them as a container for powdered green tea and a tray of chakin( linen colth ).

で、そのシュガーボックスに抹茶を、レモン入れに茶巾を置いてみました。最近、茶巾の替わりに布巾を使うことが多いのですが、今回は、白い袱紗とのコーディネートもあり、久しぶりに、正統派!?の茶巾を使いました。茶器と、茶巾置きがセットというのも、いいんじゃないの?と思いました。お盆も、シルバーにして、白とシルバーを基調にコーディネートしました。お客様が、「この辺のアイデア、使わしてもらうわぁ」と、おっしゃっておられましたが、どうぞお使いください。洋風のティーセットを和風のティーパーティに使う。和洋ミックスです。家にある、シュガーボックスを見直してみてください。いい、茶器になるかもしれません。ついていた、シュガースプーンで抹茶を掬ってみましたが、掬いやすかったですよ。洋風のティーパーティにも和風のティーパーティにも使えるなんて、重宝しますよね。

海外のお茶仲間のみなさんを拝見しておりますと、なんで、本家本元の日本人で、お茶のことを知らない人が多いの?と、考えさせられます。優れた自国の文化なのに、知らないなんて、もったいない。難しいことはいらないと思いますが、例えば、ちょっとお友達が来られた時、海外の方が来られたときなど、自宅で、簡単に、お茶を一服。あるいは、外国の partyような感覚で、日本式のtea partyができたら楽しいのになあ・・と思うのですが。いかがでしょうか?

そのためには、難しいことはそこそこにして、どうやったらそれぞれの自宅で、日本式のtea partyができるか、それを教えて欲しいですよね。実践に役立たないと、お茶はお稽古するもの。で、終わってしまいますし。

今のお茶のお稽古って、しばらく続けていると、何百年も前に異国からやってきた、貴重な道具の扱い方の稽古ばかりになってしまいますよね。で、私も、一通りはやりましたし、知っていることは悪いことではありませんが、なんで、こんなことにたくさんのエネルギーを使わないといけないの?と、ずっと思っていました。なぜかと言いますと、私は、そんな道具を一つも持ってないし、お稽古しても、実践の茶会では何の役にも立たない。そういう点前は、そういう昔の道具を持っている人だけが真剣にやればいいのでは?と思っていました。それに、自分の道具だったら、どう扱おうと、人にとやかく言われることはないですしね。もし、仮に割れても、自分の道具なら、仕方ないか?と思うし、また、日本には、金継ぎという優れた技術があるので、割れたお茶碗を再生することも出来ますしね。今の秘伝モノのお点前、奥のお点前、上級のお点前は、かなりしちめんどくさいなあという印象がありましたが、『南方録』を読んでいると、道具が1つ変わるといろんなことが変わる、というような感じで、ほんとに事細かにいろいろ決まりことがあるように見受けられます。『南方録』に比べると、しちめんどくさい今のやり方も、かなりアバウトという印象を受けます。

昔は、茶会がお稽古の場で、先生を自分の茶会にお招きして、その茶会の席上で、いろいろとご指導をお願いする、あるいは、先生のお供をして茶会に行って、そこでいろいろ学ぶ、あるいは先生の茶会のお手伝いをする。こういったことが茶会のお稽古だったのが、時代が下ると、これだけでは茶会ができない人が多いので、濃茶、薄茶、炭手前、というふうに分けてお稽古をするようになったと何かで読んだことがあります。この割り稽古の目的は、自分で茶会をするということだったのが、今は、お茶の稽古は自分で茶会するための割り稽古。という要素が薄らいでいる気がします。お茶の稽古は点前のやり方を覚えるもの。ではなくて、自分自身で茶会ができるようになるためにお稽古をする。そろそろ、この、茶の湯の本来の稽古の姿に戻ってもいいのではないかなあ・・と思います。

In the old days, the purpose of chanoyu  practice is chakai. That is why they can do it themselves. I think a(→the) practice of chanoyu should come back the way(→go back to the way) of the past years.

400年という時間 

Img_1379_1写真、左から、

竹の茶杓、漆塗りの黒棗、ジャム瓶、ネパール茶匙です。

竹の茶杓は、私の自作、そして、この棗はいただいた新しいものですが、この2つの“元”となるものは、今から400年前、400年以上前に生まれてきました。

当時の様子は、タイムスリップしてみないとわからないですが、例えば、その時代、抹茶は今のように、誰でも飲めるようなものではなかったと思います。ジャムなんかも、砂糖自体が普及していなかったようですので、あったかどうか・・。瓶、ガラス製品も、あったかもしれませんが、資源ごみに出すほどはなかったと思います。また、紙と言えば、洋紙ではなく、和紙だと思います。サランラップは当時はなかったですね。フランスからの紅茶。もないでしょう。ネパールの茶匙。当時、南蛮船で、ネパールから来たものがあったでしょうか?あったとしても、すごく高価だったと思います。天下人の秀吉ですら行けないところに、小娘が気軽にいくなんて、それも、海をいく船ではなく、空飛ぶ大鳥、飛行機に乗って・・・。秀吉さん、びっくりされるでしょうね。

次に、人間の基本になる、“衣食住”を考えてみます。

まず、衣。今、安土桃山時代の服装をして街を歩いている人はいないと思います。いたら、時代劇の撮影?と思われるか、仮装行列?と思われるか、とにかく、【目立つ】と思います。   食。今の日本は、日本料理と言われるものでも、かなりの種類がありますし、日本以外の国の料理もいろいろと食べることができます。のに、私は、安土桃山時代の食事しか口にしません。と言う方がいらしたら、別に悪くはないですが、他にもいろいろ美味しいものあるのになあ・・と私なら思います。   住。例えば、大金持ちが、ご自分のお家を建てられるのに、大阪城のようなお城を建てられ、私は、電気もガスも使いません。と言われたら、いろんな意味で大きなニュースになると思います。

また、私が知る範囲では、安土桃山時代には、女の茶人はいなかったのではないかと思います。利休の奥さんは、いくつかお道具を考えられたようですが、茶人でいらしたのでしょうか?仮に、女の茶人がいらしたとしても、ものすごく少なかったと思います。でも、今は、お茶のお稽古をしている人は、女性が大半だと思います。秀吉さんが聞かれたら、「女が茶をするのか?」と驚かれると思います。

400年という時間は確実に過ぎ、とくに近年、いろいろなことが大きく変化しているのに、棗、茶杓は400年前と変わらず使われている。抹茶を入れる入れ物、抹茶をすくう茶匙のようなものは、日本中、もう今は世界中、を見渡せば、いくらでもあるだろうに、400年前と同じものを使い続けている。

これは、今の私には、とても不思議なことに思われます。そして、少し前まで、それを不思議とも思わなかった自分自身のことも、不思議だなあと思います。

風炉から炉へ

Img_03951今は、だいたい11月から4月が炉の季節、5月から10月が風炉の季節となっていますが、昔は、柚子が黄色くなったら、あるいは、吐く息が白くなったら、そろそろだなあと思って炉を開いたそうです。まだ柚子は黄色くなっていないし、吐く息も白くなっていませんので、ちょっと早すぎなのですが、風炉から炉へ畳や道具の入れ替えを始めています。

この表は、葩会会誌№1で、Fさんが作成してくださったものです。

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