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2016年2月

精進食 と ベジタリアン運動

少し前のことになりますが、佛教大学宗教文化ミュージアムで行われた、

精進食とベジタリアン運動

という食の公演に行ってきました。

・ 「仏教修行者と菜食」

・ 「日本における精進料理の成立と展開」

・ 「僧堂と典座」

・ 「普茶の精神」

・ 「Veganのライフスタイルと地球の健康」

というテーマでした。

公演自体は無料でしたが、事前に申し込むと、

500円で精進ランチ(和食、洋食、パンの中から1つ選ぶ)を食べることができました。

私は洋食ランチを選びました。

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【公演会を聴いて・・・】

① 改めて思ったのは、茶会、茶事で料理を作るということは、茶の湯、茶道の重要な修行の1つなのではないかなあ、ということです。

茶の湯には、様々な修行が必要ですが、点前の稽古やお花の生け方などと同じように亭主が自ら茶会の料理を作ることも修行の1つなのではないでしょうか?

なぜなら、茶事では、料理とお茶が半々くらいの重要な位置を占めているからです。

時には仕出し屋さんなどにお料理をお願いすることがあったとしても、毎回毎回料理屋さんに料理はまかせっきりで、亭主は全く料理をしない、というのはどうなんだろう?と思います。

茶の湯、茶道は、いろんな意味で禅宗との関わりが強いですが、禅宗寺院では食事の担当、典座さんは非常に重要なお仕事ですよね。

私は基本的に、自分の茶会では手料理をお出ししていますが、茶席のしつらえなどをしながら料理も作るのは、なかなか厳しい修行だなあといつも感じています。

正に一期一会で、反省することばかりです。

ですが、もし茶の湯がお茶だけで料理がなかったとしたら、私はそれほど茶の湯に惹かれなかったのではないかなあと思います。

② 動物の命を奪うということと植物の命を奪うということは、異なることなのだろうか?

他のものの生命を頂いている、という点においては、動物も植物も同じなのではないだろうか?

例えば茶花を生けるとき、鋏で一枝を切り取った瞬間、花の命を奪っているということになりますよね。

私たちがわからないだけで、花は、切らないでと言っているかもしれません。

しかし、私が切らないでも、時期がきたら花は散ってしまう、ということもまた紛れもない真実でありますね。

ユーカリを食べるコアラや笹を食べるパンダはつつましやかな生き方、という感じがしますが、人間は全く正反対のような気がします。

なかなか興味深い公演でした。

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