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お茶の味 -2つのベクトルー

先日の第142回葩会では、

“名水” を使いましたので、お茶を飲む前に、まずは、釜で沸かしたお湯を飲んで頂きました。

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それから、

お茶をお出ししました。

今回のお茶は、

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最近頂いた、小山園さんの、新しい抹茶!?です。

濃茶用のお茶のようで、皆様、美味しいお茶だなあ、

とおっしゃっていました。

こんなことを言うと、小山園さんに怒られそうですが、

新しく銘々されたお茶だからか、

「気合入ってるなあ・・・」

と思いました。

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少し前ですが、私のお茶の先生が点てて下さったお茶を頂いたとき、

このお茶は、本当に美味しいなあ、と思いました。

ポットのお湯で、抹茶の茶葉もごくごく普通のものなのに、

心の底から、美味しいお茶だなあ、と感じました。

この、先生が点てて下さったお茶を頂きながら、私は、あることに気づきました。

それは、お茶の味には、2つのベクトルがある、ということです。

1つは、茶の味をとことんまで追求するベクトル です。

茶葉、水、お湯の温度・量、淹れ方(点て方)、などなど、純粋にお茶そのものの味を追求するベクトルです。

そして、もう一つのベクトルは、心を味わうベクトル、です。

料理の極意は、『愛情、工夫、真心』、と村上信夫さんがおっしゃっていましたが、お茶の味にも、同じことが言えると思います。

お茶の味の中には、純粋なお茶の味だけでなく、淹れて(点てて)くれた人の気持ちも含まれているのです。

私が、先生のお茶を心底美味しいと感じたのは、

97歳という人生の積み重ねられた味、何十年にわたってお茶を点ててこられた年月の積み重ねの味、

を味わったからだと思います。

茶の湯の名人になるには、

・ 茶の味をとことんまで追求すること 

・ 一杯のお茶に気持ちを込めること、その込められた気持ちを味わうこと

この両方がどちらも高いレベルであることが必要なのです。

本当の先生、師匠というのは、取り立てて何かを教えるというより、何気ない一言、何気ないことで、弟子に大きなことを気づかせてくださる存在なのだなあ、と感じました。

私などは、まだまだ全然やなあ・・・・・、

と、改めて思いました。

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【番外編】

ここで、味覚テストです。

ペットボトル茶 『綾鷹』のCMによると、急須で淹れたお茶かどうか、和菓子職人の30%以上が判別できない、ということのようですが、

ペットボトルのお茶が何の違和感もなく飲めるのなら、

実は、化学薬品漬になっているかも?、味覚音痴かも?

といったことについて、考えてみる必要があるかもしれません。

私は個人的には、ペットボトル茶と急須のお茶の味の区別が出来ないような和菓子屋さんのお菓子は、買いたくないです。

但し、

・ ペットボトル茶に使われているような下等な茶葉を、急須で淹れてみる

・ ペットボトル茶と条件を同じにするために、急須の中に、“ビタミンC”と呼ばれる化学薬品を入れる

・ 温度、茶葉の量、お湯の量、蒸らし時間、などを全く考慮せず、ただ、急須の中に茶葉とお湯を入れて出す

というようなことが行われていたのなら、

急須で淹れたお茶とペットボトル茶の区別がつかないかもしれません。

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