« 第89回葩会   The 89th Hanabirakai | トップページ | 第89回葩会 “和漢のさかいをまぎらかす” その2 The 89th Hanabirakai “wakannosakaiwomagirakasu” 2 »

第89回葩会 “和漢のさかいをまぎらかす”  The 89th Hanabirakai “wakannosakaiwomagirakasu”

Cimg3742_2

先日の茶会の床の間です。

これを見ていて、ふと、“和漢のさかいをまぎらかす” という言葉を思い出しました。これは、わび茶の祖と言われる、村田珠光(1423-1502)の言葉です。

私が長年抱えていた問題に、やっと答えが出ました。

今現在の茶の湯は、昔のままで、時代に合わないところがいろいろとあります。で、私は、どうしたら、今の時代に合った、今の時代に生きる茶の湯になるのだろう・・とずっと考えていました。新しいものを探そう探そう・・としていました。でも、そうすると、今まで積み重ねられてきたものを否定することになる、茶の湯ではなくて、全然違うものになってしまう可能性があります。よって、昔と今の間で揺れ動いていました。

で、この 、“和漢のさかいをまぎらかす” ですが、村田珠光(1423-1502)の時代で考えてみますと、“漢”は、中国から来た高価な舶来品、“和”は、国産の雑器のようなものに代表されると思います。今まで珍重されて来た“漢”と、今新しく見出された“和”の両方を茶会の中に使って、かつ、そのさかいをまぎらかす、両方をうまく調和させる、ということではないのかなあと思います。つまり、今までの線上にありながら、でも、今この時も入っている、今の時代に生き生きと生きたものになる。ということではないかなあ・・と思います。昔からのものでありながら、今のものでもある。ということになると思います。

これを現代に置き換えてみると、“漢”は、伝統・昔・積み重ねられてきたもの、“和”は、現代のもの・今・新しく生まれるもの、という風に言えるのではないかと思います。そのさかいをまぎらかす、うまく調和させる。すると、伝統的なものでありながら、〔LIVE〕 になるのではないかなあ・・と思います。

“和漢のさかいをまぎらかす”、“和漢のさかいをまぎらかす”・・・、 ということを繰り返すうちに、わび茶というものが確立されたわけですが、現代も、現代版の、“和漢のさかいをまぎらかす” ということを繰り返していると、何かが自然に確立されてくるのではないかなあと思います。

【歴史は繰り返す】 ですね。

今まで、この“和漢のさかいをまぎらかす” という言葉を、ふーんと、いう感じで軽く受け取っていましたが、今は、とても重く受け止めています。この言葉が出てくるまでには、長い道のりと葛藤があったのだろうなあ・・という風に思います。そんな簡単に出てくる言葉ではないと思います。村田珠光は、“和漢の間”でかなり長い間、揺れ動かれたのではないかなあ・・と思います。その結果、この言葉が出てきたのだと思います。

« 第89回葩会   The 89th Hanabirakai | トップページ | 第89回葩会 “和漢のさかいをまぎらかす” その2 The 89th Hanabirakai “wakannosakaiwomagirakasu” 2 »

茶の湯 chanoyu」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/168789/41416228

この記事へのトラックバック一覧です: 第89回葩会 “和漢のさかいをまぎらかす”  The 89th Hanabirakai “wakannosakaiwomagirakasu”:

« 第89回葩会   The 89th Hanabirakai | トップページ | 第89回葩会 “和漢のさかいをまぎらかす” その2 The 89th Hanabirakai “wakannosakaiwomagirakasu” 2 »

フォト
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ