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2007年10月

A fusion 3  フュージョン 3

2_img_2475_2 Img_305211 数ヶ月前に、風炉と釜(左の写真)の替わりに、風炉とルクルーゼのお鍋(右の写真)を使いましたが、その後、近現代のもの、今現在日常で使われているもので、この風炉と釜の替わりになるものはないだろうか・・と、ずっと考えていました。

夏にアメリカに行った時、ぷらぷら街を歩いていて、これいけるかも?と思ったものがあります。ただ、それらは、現在、私が持っているものではありませんので、何か、今家にあるもので替わりになるものはないのか?と、しばらく思案しておりました。で、思いつきましたのが、

Img_5369

こちらです。

日本人には、おなじみの “カセットコンロ” です。

すきやき、しゃぶしゃぶ、おでん、お鍋、湯豆腐等、これからの季節には、重宝しますよね。

この3つの写真をカテゴリー分けしますと、

①風炉と釜=昔と昔    ②風炉とルクルーゼのお鍋=昔と今    ③カセットコンロとお鍋=今と今。 という、感じでしょうか?

These pictures are

① 風炉(furo: a brazier) and 釜(kama :a kettle). They are traditional tea utensils.   ② 風炉(furo: a brazier)  and 鍋(nabe : a pan, product of LE CREUSETs).    Furo is a traditional tea utensil and nabe is a new product made in  France.      ③ ガスコンロ(gasukonro :a portable cooking gas stove) and  鍋(nabe :a pan, product of  Japan).    They are new products.  Japanese use a gasukonro, for example, Shabushabu, Sukiyaki etc.

で、思いついたのはよかったのですが、いざ、畳の上に置いてみると、“風炉と釜”が、“風炉と釜”があるだけで、一気に 【茶の湯空間】 になるのとは対照的に、“カセットコンロ”って、“カセットコンロ”があるだけで、一気に 【日常空間】 に引き戻されるものなんですよね。

で、“カセットコンロ” を囲ったりして、なんとか、この “カセットコンロ” を、隠そう隠そうとしたのですが、とってつけたみたいになり、うまくいきませんでした。さすがに、お茶会に、“カセットコンロ” は、無理かなあ・・とあきらめかけていたところ、ふと、あることを思いつきました。

それは、“隠そう隠そう”、ではなくて、“目立たなくすればいいのでは?”という発想転換です。

Img_5351_2

で、生まれてきましたのが、こちらです。  

“カセットコンロ” を出発点として、他の道具を考えました。目線が、“カセットコンロ” に集中しないように、目線がいろいろ分散されるように、全体を、空間を、コーディネートする。というコンセプトに基づいて、考えてみました。

これをご覧になった、お客様のお1人が、「これは(この空間は)、いろんな可能性を感じさせる。完成品ではない、途中の段階やと思うけど、新しい可能性を感じさせる」というようなことをおっしゃいましたが、私も、同じ意見です。

岡本太郎さんが、

伝統とは創造である

古典はその時代のモダンアートだった

すべての古典はそれぞれの時代に、あらゆる抵抗にたいして現在を決意し、たくましい生命力を充実させた精神の成果です

というようなことをおっしゃっていますが、この、“カセットコンロ”を使ったことにより、私の頭の中のスイッチが、『難しい、無理かも?』 から、『できるかも?』 に切り替わったような気もするなあ・・・と思います。ですが、こういう風に行こうとすると、また、“古典”・“伝統”が目の前に立ちはだかってきた・・というのが、今現在の私の状況なのですが・・・。

写真の他の道具につきましては、また、日を改めてご紹介したいと思います。

A fusion 2   フュージョン 2

Img_5341_2 先日の茶会のお菓子です。

These are sweets of a recent chakai.

Img_53421日本の黒漆の敷板に、ジノリの白いお皿、その上に、アメリカのドライフルーツをのせました。

On the Japanese black lacqure tray, I put  a white dish made in Richard Ginori. And on the  dish, there are dried fruits of USA products. They are  cranberrys, figs and raisins.

左から、クランベリー、イチジク、レーズンです。自然の甘味って、体にやさしい感じがするなあ・・と思いました。

Img_53461_3Img_53441_6先月と同じ入れ物に、今月は、信州の果物のゼリーを入れました。

昔からある、素朴なお菓子です。

These are sweets of fruits made in Shinsyu district, Nagano prefecture.

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小さい入れ物に入ったお菓子は、ドイツのお菓子です。グミに似ていますが、食感がちょっと違います。

右手前は、スイスのチョコレートです。 

左奥は、奈良の吉野葛と和三盆を使ったお干菓子です。

I put Germany sweets in small cups. In front of the photo, the right side are Switzerland chocolates. That opposite side is Japanese dried sweets. Ingredients are kudzu starch and Japanese sugar.

これらのお菓子は、すべておみやげ、頂き物です。みなさま、ありがとうございました。

茶席のお菓子となると、器や盛り付けも考えたりするので、ちょっと晴れ舞台に登場!という感じになります。こうやって、いろんな国のいろいろなお菓子をみんなであれこれいいながら味わってみると、同じお菓子が、何気にパクパク食べるより、数倍美味しく感じられるかもしれません。グローバルな時代ならではの、お菓子の楽しみ方じゃないかなあ・・という気もします。

今日、和太鼓の音を聞いて、こういう太鼓の音を聞いていると、日本人の血が騒ぐなあ・・と思いました。

で、次に、中国の楽器、二胡の演奏を聴いていて、広大な中国の風景、曲目によっては、シルクロードの長い道のりが、浮かんでくるようだなあ・・と思いました。

で、二胡で、日本の曲、“あかとんぼ” を演奏されるのを聴いていて、日本の秋の風景と、広大な中国の風景、両方が浮かんでくるような感じだなあ・・と思いました。

秋の花 Japanese autumn flowers

Img_5435_2 先日の茶会のお花です。

These are the flowers of the last chakai.

貴船(秋明)菊、ホトトギス、サクラタデ、秋海棠、野菊です。

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貴船菊 :Kibunegiku

Kibune(貴船) is a  place name of Kyoto. Giku(=kiku) is a chrysanthemum.There were many flowers in Kibune, so it has been called Kibunegiku.

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ホトトギス : Hototogisu

Hototogisu is a bird name, a little cuckoo. This flower has many spots like a chest of Hototogisu.

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サクラタデ : Sakuratade

Do you know a Sakuratade?  In this photo, it is like an ear of rice. Sakura means a cherry blossom. This flower is like a Sakura flower. So it is called Sakuratade.

野菊 : Nogiku

Nogiku is a wild chrysanthemum( the right side of this photo).

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秋海棠 : Syukaidou

This flower is a Syukaidou, begonia. It came from China originally.

こうやって、改めて見てみると、日本の花って、それぞれにしっかりとした個性はあるのですが、“そそ”と咲いている、自己主張が少ない、周りに溶け込んでいる。という感じがします。

『和をもって尊しとなす』。という言葉を思い出しました。

京都ロール Kyoto roll

先日のお茶会で、「先月のしば漬けとちくわのお寿司、美味しかったです」と、言われました。いろいろ書いているうちに、先月の料理の事、書くのを忘れてしまいましたので、だいぶ日が経ってしまいましたが、ここで、一部、ご紹介します。

日本では、カリフォルニアロールが有名ですが、アメリカで、初めて、フィラデルフィアロールを食べました。フィラデルフィアは、クリームチーズが有名だからということで、クリームチーズとサーモンが入っていました。

Img_5009_5 で、これ、今度のお茶会のお昼に出そう、と決めたのですが、私は、京都生まれの京都育ちなので、そうだ、京都ロールを考案しよう・・・と思いつきました。

京都を代表する食材であること。季節を問わない食材であること。高級食材ではなくて、誰でもが手に入りやすい食材を使うこと。フィラデルフィアロールが、クリームチーズが白で、サーモンがピンクなので、同じような白系と赤系の取り合わせ、紅白の取り合わせで考えてみよう・・と、しばらくの間、スーパーの売り場等をちらちら見ながら、考えていました。

で、たどり着きましたのが、京都を代表するお漬物、“しば漬け” と、かまぼこと並ぶ日本を代表する魚の加工品、“ちくわ” です。

ちょっとお寿司が分解していますが、写真の手前左が、京都ロール、右が、キュウリ(カッパ)巻き、奥が、フィラデルフィアロールです。

These are sushi-rolls. The left side are Kyoto rollls I devised. The ingredients are Shibazuke, famous vegetable pickles made in Kyoto and Chikuwa, a fish paste cake in the form of a tube.
The right side are cucumber rolls. And beyond them, There are Philadelphia rolls. The ingredients are cream cheeses and salmons.

Img_48011 Img_48051

Img_48091 京都ロールは、ちくわを縦半分に切り、空洞のところに、しば漬けを入れます。まきすの上に、半分に切った海苔、ご飯をのせ(ちくわがボリュームがあるので、ご飯は少な目の方が上手く巻けます)、その上に、ちくわを断面を下にして置き、巻きます。ちょうど、ちくわ1本で細巻き1本分です。海苔からはみ出たところは切ってください。フィラデルフィアロールは、薄く切ったクリームチーズとサーモンをご飯の上にのせて巻きました。フィラデルフィアロールも美味しいですが、京都ロールもなかなか美味しいですよ。これ、私の発明品だから、特許、取っておこうかな・・・。

先日、ある方が、民族間の真の交流は、例えば、日本の伝統芸能を海外で紹介する、あるいは海外のオーケストラが日本で演奏会をする。といったようなことでは不十分で、例えば、違う民族の人たちが結婚して、両方の言葉を話す人がでてくる。といったようなことを言うのである。というふうにおっしゃっていました。

なるほどなあ・・と思いました。

上の巻き寿司を見てみると、まず、お寿司が、日本からアメリカに渡っていき、そこで、新しく、フィラデルフィアロール というお寿司が生まれる。そして、それが、今度は日本に帰ってきて、アメリカの影響を受けた、京都ロールが生まれる。うーん、これは、民族の真の交流かも・・・。と、思いました。

Sushi was introduced from Japan to USA and Philadelphia roll and other rolls were born. And then, a sushi roll has gone back to Japan and a Kyoto roll was born. Are they exchanges between two nations?

追記*しば漬けは、細かくきざんだものを使いました。

床の間飾り 3 a decorated Tokonoma (alcove) 3

Img_5284_2先日の茶会の床の間です。

This photo is a decorated Tokonoma (alcove) of  the last chakai.

初めて、額を飾ってみました。

I docorated a picture frame for the first time in my ckakai instead of a scroll.

軸物で言うところの、本紙。この額の中心は、曼荼羅です。この曼荼羅は、私が学生時代にネパールで買ってきたものです。なんか、妙に気に入って買いました。当時のネパールの物価を考えると、かなりの高級品だったので、その曼荼羅店に何回も通って、やっと決心して買った記憶があります。

今、こうやって見てみると、私って “渋い趣味” もあるかも・・と思いました。この曼荼羅には、チベット仏教と、ヒンズー教、両方の要素がミックスされているような気がします。

気合入れて買ってきたわりには、今まで、丸めたままで放置されていて、今回、初めて晴れ舞台に登場しました。たまに想い出しては、そうそう、あの曼荼羅なんとかしなきゃ・・と思うのですが、そのうち忘れてしまって、ずっとお蔵入りしていました・・・。

曼荼羅の周りは、ラスコー洞窟(フランス)の壁画のポスターです。

ほんとは、このポスターを裏向けて、白い方を表にして、その上に曼荼羅をのせていたのですが、何回か、入れ替えてレイアウトを考えていたところ、たまたま壁画の方が表になっていました。で、よく見てみたら、思いのほかマッチしていたので、壁画の方を表にして使うことにしました。ポスターの裏の白い方だと、白々しい感じだったのですが、この組み合わせだと、曼荼羅が浮き上がってくるような印象になりました。

Img_5292_3 ラスコー洞窟は、今から15000年くらい前のものらしいですが、そういうところが、曼荼羅と調和する理由かなあと思いました。遥か昔から、曼荼羅がふーっと浮かび上がってくる。というような感じがしました。偶然の産物ですが、この2つは、こうやって出合うべく運命だったのかなあ・・と思いました。

The central of the picture is a mandara. I bought it in Nepal.  The outside is a poster, the cave of Lascaux.

前にも書いたかもしれませんが、床の間を変えると、部屋の空気が変わります。

で、今回は、一言で言いますと、すごいオーラが部屋中に満ちているような感じでした。この額を掛けた途端、背中がゾクゾクしてきました。たいへん素直な感想としましては、軸物の数倍のオーラのように感じました。例えて言いますと、床の間に仏様がいらっしゃる、というような感じでしょうか?

 

A fusion  フュージョン

Img_5401_2おとといは、第82回葩会でした。

今回の茶会のテーマは・・・・・、“fusion”  かなあと思います。

The theme of the last chakai was “fusion” .

お客様のお1人が、このブログを見ていると、私は、現在、いろいろと新しい試みをしているけれども、でも、古いものを捨てられないんだなあというふうに感じる。というようなことをおっしゃいましたが、正に、その通りです。

こんな、古臭い、時代遅れなもんは、やめやー!!。っと、言い切れると楽なのですが、言えない所がつらいところです。それは、今までそうだったからとかいうことではなくて、私自身が、長き年月の間に洗練され、大事に守られてきた、その価値を、十二分に認めているからだと思います。

今回の茶会の中で、この三つ葉の蓋置を使いました。今までは、柄杓や釜の蓋を置くのに使っていたのですが、この度は、ほんのちょっとだけ、今までとは違う使い方をしてみました。

Img_5412 Img_5405_2 Img_5406 Img_5409 Img_5411              

今までは、これは、昔の人が考え出した、昔のものである。蓋置という伝統的な茶道具である。という見方しかできなかったのですが、ほんのちょっと違う使い方をしてみると、“別物”をみるような感覚、これは何に使うのかを全く知らない人が初めて見たような感覚、を持つことができました。

で、再発見、新発見がありました。それは、三つ葉の蓋置って、実は、すごく斬新なデザインなんだなあ・・ということです。

茶の湯の伝統的な道具なのですが、古い感じが少しもせず、例えば、MoMA、ニューヨーク近代美術館の所蔵品と言われても、ああ、そうなんやー、と、違和感がないような気がします(ニューヨーク近代美術館、行きそびれちゃって、行ったことがないのですが・・)。

“古い”道具なんだけれども、“新しい”。

今のいろいろなデザイナーの方が見られても、十分参考になるような “新しさ” があるように思います。茶道具とは、時代も国境も越えていく、洗練されたアート集団。茶人とは、時代も国境も越えていく、洗練された道具を見出し、作り出したアーティスト集団。というような言い方もできるかなあ・・と思います。

This is a lid rest. It is a traditional tea utensil. But I think that design and shape is very modern like collctions of MoMA.

なんで、こんな、新しいのー。人がせっかくいろいろと試みようとしている時に、出ばなをくじかんといてよー、と言いたい気持ちなのですが、いやー、すごい大発見だー。と、思いました。

お茶のお稽古 practice of chanoyu

Img_4977_2 茶筌の話しが続きましたが、こちらへ、戻ります。                       

この中で、茶筌の他に、左端の白い袱紗(fukusa)と、手前の茶碗(tea bowl)が、【THE TEA CEREMONY】に含まれていたものです。

まず、袱紗ですが、なぜ、白なのだろうと思いました。流派によって違うのかもしれませんが、男性は紫、女性は赤系の色の袱紗を使うのが一般的な気がします。なぜ白なんだろう。???でした。そして、もしかして、適当に白いきれを入れたのかな・・と、思っていました。

が、先日、あっ、と気付きました。そうだ、献茶式だぁと。献茶式の時は、白い袱紗を使われますよね。もしかして、この、【THE TEA CEREMONY】を作られた方は、献茶式をご覧になったのかなあ・・と思いました。

改めて考えてみると、男性は紫、女性は赤系って、なんで?って、気がしますよね。この、【THE TEA CEREMONY】は、男女で袱紗の色分けなんかされていませんが、今時は、男女の差別がない方が普通かもしれませんね。

で、次にお茶碗ですが、“a traditional tea bowl” と書いてあったので、一体、どこが、traditionalなん?と、思っていたのですが、

Img_5077_2こちらと、形が似ています。

つまり、天目茶碗の形が、“a traditional tea bowl” ということなのかなあ・・と思いました。初期の頃に、中国から伝わってきた、古い形のお茶碗。ということで、a traditional tea bowl、なのかなあ・・と思います。

このfukusaやa traditional tea bowlから考えると、【THE TEA CEREMONY】は、献茶式を参考にされたのかも、という気もします。献茶式では、この天目茶碗を使われますもんね。

今回、この白い袱紗(fukusa)を使いたかったので、「久しぶりに、袱紗捌きだぁー」と、はりきっていたのですが、セレクトした茶器の都合で、袱紗捌きは出来ませんでした。

Img_5031

こちらです。

左は、本来は、シュガーボックス、右は、レモンティ用のレモン入れかな?

The left is a sugar container and the right is a tray of sliced lemon for black tea. But I had used them as a container for powdered green tea and a tray of chakin( linen colth ).

で、そのシュガーボックスに抹茶を、レモン入れに茶巾を置いてみました。最近、茶巾の替わりに布巾を使うことが多いのですが、今回は、白い袱紗とのコーディネートもあり、久しぶりに、正統派!?の茶巾を使いました。茶器と、茶巾置きがセットというのも、いいんじゃないの?と思いました。お盆も、シルバーにして、白とシルバーを基調にコーディネートしました。お客様が、「この辺のアイデア、使わしてもらうわぁ」と、おっしゃっておられましたが、どうぞお使いください。洋風のティーセットを和風のティーパーティに使う。和洋ミックスです。家にある、シュガーボックスを見直してみてください。いい、茶器になるかもしれません。ついていた、シュガースプーンで抹茶を掬ってみましたが、掬いやすかったですよ。洋風のティーパーティにも和風のティーパーティにも使えるなんて、重宝しますよね。

海外のお茶仲間のみなさんを拝見しておりますと、なんで、本家本元の日本人で、お茶のことを知らない人が多いの?と、考えさせられます。優れた自国の文化なのに、知らないなんて、もったいない。難しいことはいらないと思いますが、例えば、ちょっとお友達が来られた時、海外の方が来られたときなど、自宅で、簡単に、お茶を一服。あるいは、外国の partyような感覚で、日本式のtea partyができたら楽しいのになあ・・と思うのですが。いかがでしょうか?

そのためには、難しいことはそこそこにして、どうやったらそれぞれの自宅で、日本式のtea partyができるか、それを教えて欲しいですよね。実践に役立たないと、お茶はお稽古するもの。で、終わってしまいますし。

今のお茶のお稽古って、しばらく続けていると、何百年も前に異国からやってきた、貴重な道具の扱い方の稽古ばかりになってしまいますよね。で、私も、一通りはやりましたし、知っていることは悪いことではありませんが、なんで、こんなことにたくさんのエネルギーを使わないといけないの?と、ずっと思っていました。なぜかと言いますと、私は、そんな道具を一つも持ってないし、お稽古しても、実践の茶会では何の役にも立たない。そういう点前は、そういう昔の道具を持っている人だけが真剣にやればいいのでは?と思っていました。それに、自分の道具だったら、どう扱おうと、人にとやかく言われることはないですしね。もし、仮に割れても、自分の道具なら、仕方ないか?と思うし、また、日本には、金継ぎという優れた技術があるので、割れたお茶碗を再生することも出来ますしね。今の秘伝モノのお点前、奥のお点前、上級のお点前は、かなりしちめんどくさいなあという印象がありましたが、『南方録』を読んでいると、道具が1つ変わるといろんなことが変わる、というような感じで、ほんとに事細かにいろいろ決まりことがあるように見受けられます。『南方録』に比べると、しちめんどくさい今のやり方も、かなりアバウトという印象を受けます。

昔は、茶会がお稽古の場で、先生を自分の茶会にお招きして、その茶会の席上で、いろいろとご指導をお願いする、あるいは、先生のお供をして茶会に行って、そこでいろいろ学ぶ、あるいは先生の茶会のお手伝いをする。こういったことが茶会のお稽古だったのが、時代が下ると、これだけでは茶会ができない人が多いので、濃茶、薄茶、炭手前、というふうに分けてお稽古をするようになったと何かで読んだことがあります。この割り稽古の目的は、自分で茶会をするということだったのが、今は、お茶の稽古は自分で茶会するための割り稽古。という要素が薄らいでいる気がします。お茶の稽古は点前のやり方を覚えるもの。ではなくて、自分自身で茶会ができるようになるためにお稽古をする。そろそろ、この、茶の湯の本来の稽古の姿に戻ってもいいのではないかなあ・・と思います。

In the old days, the purpose of chanoyu  practice is chakai. That is why they can do it themselves. I think a(→the) practice of chanoyu should come back the way(→go back to the way) of the past years.

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