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元と末

炭の話しの続きです。_pict3878お茶の時に使う炭はクヌギですが、写真はヒノキです。

先日書いた先生のお言葉を伺ってから、10年近く経っていたと思いますが、ある時大工さんのお話しを伺う機会がありました。木や竹などを乾かす時に、根元に近い方か、先端の部分かどちらを上にして乾かすかで、乾燥の仕方とか、木がどのくらい持つかとかが変わってくるというようなお話しでした。そして、木と竹では全く反対のやり方をされるというお話しだったと思います。

私は、このお話しを聞いて初めて、木の上下というのは、どちらでもいいわけではないのだなあ・・と納得しました。ただ、炭の上下については、それによって火の持ち具合が変わるのか等、まだ全然わかっていません。お詳しい方がいらっしゃいましたら教えていただけたら嬉しいです。お茶には、陰陽五行とか思想的な要素もかなりいろいろなところに取り入れられているので、あるいはそういうことが関係しているのかもしれません。

ではここで、数奇屋大工の中村外二さん(1906~1997)が御本の中で、おっしゃっていることをご参考にご紹介します。

・・・木には元(もと)と末(すえ)があって、それは重要ですよ。元は木の根元に近いほうやし、末いうのは梢(こずえ)に近い部分をいうんです。一本の木でも元をどっちへ持っていくか、末をどっちへ持っていくか、それで部屋の感じがガラッと変わります。元のほうに力がありますからね。元は頭の上に持っていくわけにいかんからね。寝るときに、頭をどっちに持っていくかというのと同じことですや。この家は北向きの家やなとか南向きの家やなとかわかるでしょ。その元末(もとすえ)は方位によっても決めるし、その家の環境もあるし、太陽の関係もあるわね。それらを心得て使うことや。どっちに持っていくかは、それぞれの大工によって変わるやろね。それはもうその大工の感覚ですわ。・・・・

話しは変わりますが、昨日、モーツァルトを聴きに行きました。とてもいい演奏会だったので、どっぷりモーツァルトに浸ることができました。モーツァルトの音楽は、つかみどころがないところがあり、また不意打ちをつかれたようにして心の琴線に響くなあと、聴きながら思っていました。私は音楽に全然詳しくないので、音楽を自分の感性だけで聴いていますが、先日もちょっと書きましたが、お茶は、こうでなければならない・・という縛りにかなり捉われているところがあって、自分で今の自分のことを不自由だなあと思います。いつか、穴から抜け出たと書いたように思いますが、正確に言うと、まだ穴の中で、でもなぜ今、穴にはまったようになっているのかが判明しましたので、ちょっと気が楽になったというのが本当のところです。モーツァルトの音楽のようなお茶。今年はモーツァルト生誕250年。いろいろなところでモーツァルトの音楽が聴けるので、あまり聴かれたことがない方は聴いて見てください(これじゃ、お茶ではなくて音楽の宣伝みたいですが)。私も、また来月、モーツァルトにお会いしに行こうと思います。

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